お侍様 小劇場

   “夏の箱庭” (お侍 番外編 128)


すっかりと乾いて白くなった石積みの塀の上から、
いかにも南国らしい樹木の、厚手の葉をつけた梢が覗く。
陽光の強さに負けぬようにか、
この国の自然は花でも鳥でも蝶でも、
華やかな原色を
想いもつかないダイナミックな取り合わせでまとっており。
だがそれは、
ただただ おおらかでお気楽な風土から発したものではなくて。
例えば、そういう者同士が相殺されてのこと、
そうまで派手なのに捕食者から見つかりにくいという
不思議な迷彩効果を醸しているほどだそうで。
雨風にさらされ、強い陽の洗礼を受ける土地だけに、
それだけのバイタリティがなければ生き残れないこと、
高らかに歌っているかのようでもある。
それに引き換え、人が築いたあれこれは、
どんなに気張ってみても ほんの数十年で剥げてしまっての、
路傍の石と変わりなく、白っぽく褪めてしまうのも頷ける。
どれほどの権勢を築こうと誇ろうと、
本人が居なくなった途端に萎え衰え忘れ去られる威光なぞ、
果たして いかほどのものだろか。




その様式は、それはそれは昔の知恵からのもの。
当地ならではの ふんだんすぎる熱や陽を屋内へ取り込まぬようにと、
壁を厚くしたり、はたまた窓を小さくしたり。
それでは暗くなるし、大きな部屋では風通しも必要。
そこでと、大きな刳り貫きの窓や戸口の前には庇を設けた。
薄暗いままなのは進歩がないよでかなわぬが、
とはいえ、殺人的に強烈なので、直接の陽は取り込めぬ。
そんな事情が生み出した、伝統的な作りだけは譲れぬのだろうこと、
やはり感じさせてしまう、この、元は執政官用の官舎とされた屋敷もまた。
内装のあちこちへ壮麗な装飾をほどこし、
外来のものだろう高級な家具や調度を配置していたが。
欧風調のデザインだろう、アールヌーボーぽい嵌め殺しの窓枠の向こう、
屋内とは対照的なまでに目映い庭を見やると、
天狗の団扇のようなモンステラや、
剣のような葉が密生するサンスペリア、
幸福の樹という別名でお馴染みのドラセナなどなど、
日本でも結構知られた緑がみっちりと植えられており。
逞しいまでの肉厚な葉を空へと向けた雄々しい姿は、
壮健そうな緑が目にも清しい、それは健やかな風景だというに。
異文化ものをさんざん持ち込み、
こうまでの落差で屋内を飾り立てているこちらの住人たちは、
もしやして 繊細玲瓏な別天地から、
未開な異世界を望む気分でも味わいたいのだろうか、と。
そんな余計な詮索さえ ついつい胸中へ浮かんでしまうほどに、
やはり欧州で仕立てられたそれだろう、
かっちりとしたラインが優美なスーツを着こなした男衆が、
高尚なマナーとやらに則った、
どこにも隙のない慇懃な態度で客人を迎えてくれた。

 「産業省 外務監察官の、オハラ様ですね。」

交渉方面の執務官なのだろう、当地独特な発音の名を名乗ると、
上から通達は受けておりますと、
視察への前もってのお伺いをしてあった旨への了解を告げ。

 「生憎と、外商担当の長官殿は隣の州都へ視察に出ておりますが、
  ご希望の資料閲覧に関しては、了承も降りておりますので。」

ネット端末も揃えた資料室までご案内致しましょうと。
どうぞこちらへと促すように、
軽く腰を折ってのお辞儀を思わせる礼をし、
そのまま まずは先に立って屋敷の案内を担って下さる。
石作りの邸内は、さすが空調もよいものか、
嵌め殺しの窓が多いにもかかわらず、
どの部屋もどの回廊も、それは涼しい空気に満ちており。
途中で初めて外へ出る格好の、庇のある廻り回廊を通過すると、
むんとする熱気を孕んだ、外気の手厳しい挨拶に、
ついついむせ返りそうになったほど。
片側にそれは明るい庭を望みつつ、
すぐ傍で目映い白を滲ませるところと同じ素材なのだろうに、
こちら側では紫がかった色濃い陰に染まった石敷の回廊を進めば、
再び屋内へと進路が戻り、
急な仄暗さに視野がしばし困惑させられる。
まさかに全くの闇でなし、
奥行きの深い部屋の隅に居並ぶ窓も見えはするのだが、
通過するだけの空間なのか、
真っ直ぐ敷かれてあった絨毯が、
先を行くはずの担当官殿の足音まで吸ってしまっては、
不意に案内を失ったような気にもなろう。

 「そういえば…。」

外務交渉担当の長官様が出掛けているのは先程聞いたし、
隣州への視察とはいえ、彼一人で赴くという訳にもいくまいから、
秘書やら世話役やらも何人か連れて行っているのだろうが、

 「他の職員の方々はどうなさっているのですか?」

ここ特有のカレンダーでは休日ではなかったはずですがと、
今更ながら、案内役の彼へと訊いてみる。
そのくらいは下調べもしてあるし、
だからこそ業務の御用で訪のうたのに。
何も、大勢の人たちから“遠路はるばるご苦労様です”と
盛大に歓迎されたい訳じゃあないが、
執務用の、つまりは役所のはずだというに、
人がいるような気配が一切感じられぬのは何とも不思議だし。

 「居ない訳ではありませんとも。」

可笑しなことを仰せだと、薄笑いを含んだ声が返って来たけれど。
それならそれで、
結構ぐるぐると引き回されての歩き回っているにもかかわらず、
風の音しか響かぬほどの静寂は いっそ異様でもあって。

 「??」

違和感が消えぬ中、眸が少しずつ暗がりに慣れて来たところで、
前を行く足音がはっきりと立ち止まる。
進路を示すかのような赤みがかった絨毯の上から、
機敏な所作にて脇へと退くと、

 「相すみませぬ、
  資料室には機密保持の関係で責任者以外入れません。
  フロア前で室長がお待ちしておりますので、
  オハラ様、ここからはお一人で進んでいただけますか?」

なに、あの刳り貫きのすぐ先ですよと、
奥まった壁に空いていた、扉のない出入口、
逆さにした馬蹄を思わせる、やや大きめのU字の戸口を、
やはり優雅に手を延べて示した彼であり。
それがこちらの決まりごとなら仕方がない、
なめらかな英語でのご案内へ、さようですかと会釈をし、
それまでは先導がいた歩み、ここからは一人でと歩き出しかけたが、

  そんな彼の背中へと、
  無機質な殺意が、向けられたそのまま 鋭く炸裂する。

やはり誰もいないか、若しくはここまでの事情さえ刷り合わせてあったのか、
消音装置は要らなかったらしくて。
小型とは言えぬ、だが、
殺傷能力の高いそれでもないらしき口径の銃を手に。
先程までそれは折り目正しい態度だった案内役の男が、
自分の眼前へ広がる誰もいない空間へ苦笑を浮かべる。

 「まったく。
  どうして今までの誰も、
  こんな簡単なことが出来なかったのかが信じられないね。」

ややきな臭い硝煙の香が微かな風に掻き回されて薄まる中、
その手へ結構 響いたのだろう衝撃を、
だが、甘い陶酔へと塗り替え中であるらしく。
唇の端を吊り上げて、男はくつくつと笑い始める。

 「世界中のご大層な組織が、
  どこもかしも恩を着せられ、尻尾を掴まれして、
  ぐうの音も出せぬまま、手をつかねているしかないだって?」

銃の劇鉄部分を再び起こすと、
シリンダーがかちゃりと廻る音が静寂の中に滲み出し、

 「しかも、実行者ってのがまた、
  触れればそこから毒が回るよな、
  肩に手を置きゃあ切り裂かれるような
  クレイジーな相手じゃない。
  ただ周到なだけ、ただ威容をまとえるだけの、
  ちょっと演技のこなせる中年男ってだけじゃないかよ。」

ハッと吐き捨てるように笑ったものの、

 「どうしたよ。明かりを点けないか。」

そういう手筈だったのだろうに、
コトがそうと進まないのへ、焦れたように周囲を見回す。
窓が多めにあっても昼間ひなかでも、
奥向きにある書庫への勝手か、そもそも薄暗い一角であるらしく。
足元の少し先、倒れ伏しているはずの
偽の“産業省 外務監察官”オハラとか名乗っていた男の死骸、
一刻も早く確認したいとする気の逸りを押し止められないらしいところは、

 「なんだ、首謀者ではなくの小者か。」

 「……っ。」

不意な声が、
それも聞き覚えのない、だがだが、随分と落ち着き払った声がしたのへ、
ぎょっとするとその場で跳ね上がりそうになった彼だったのへ、

 「気が昂揚してだろうが、突然語り部になるものではないぞ?」

横手の分厚い壁に刳り貫かれた窓を、丁度背に追う格好で、
上背のある男がこちらを見やって話しかけているのへ、やっと気がつき、

 「…っ、オハラか?」

先程、その彼を至近から撃った銃を、
振り向きざまという勢いよく、ぶんと腕ごと差し向けたものの。
その手へとゴンという衝撃が真っ向から襲い来て、

 「な…っ?」
 「撃ちたければ撃つといい。
  だが、暴発は免れられんがな。」

そちらも、この煮えるような暑さの国へ監察とやらにやって来たにしては、
しっかと目の詰んだ生地のスーツを苦もないままに着こなす、
一見“日本の高級官僚”風の壮年であり。

 “こんな年寄りへの暗殺に、
  功名目当てか名乗りを上げる若造も数々見て来たが、
  今回のは 特に目新しいところもなかったしの。”

誰もいない事務所を延々と引き回したのは、
こそりと伏せた護衛や仲間がいたとして、
それを炙り出すか、はたまた引きはがす意図でもあったのか。
だが、それこそこちらの思う壷で、
彼とその仲間とやらが、標的であるオハラ氏へ集中している間に、
周辺でサポートを担当していたのだろ面々を、
暗がりの中というお互い様な暗転にて、
こちらの“黒子”らが片っ端から排除してゆき、

 「ご所望の明かりだよ。」

やや芝居がかった所作で腕を上げつつ、
ぱちんっと、彼が指を鳴らしたその途端、
奥に向かって長めの作りだったその部屋は、
天井に下がった照明の煌々とした明かりにさらされ、
奥と外へとにある二つの戸口や、四方の隅々、
それから、いつの間にか窓辺に移動していた Mr.オハラの傍らにも、
極彩色のプリントがなされた、アロハのような開襟シャツに、
裾が短めのパンツといういで立ちの男らが控えており。
いづれもリゾートウェアのような装いながら、
だがだが、気魄は野生の猛禽もかくやという鋭さたたえており、
それが10人ほど、刺客だったスーツの男を揃って睨めつけていると来て。

 「暴発も厭わぬ、自爆も本望という手合いかも知れぬがな。
  肝心な儂を仕留めねば、結句、失敗した者に過ぎぬわな。」

 「う…。」

この距離で、しかも、
先程 何か衝撃のあった手元をちらりと見下ろせば、
自慢のコルト・ガバメントの銃口には、
針と呼ぶには貫禄のある、結構な太さの鉄線が深々と貫き立っており。

 “先程の…?”

まだ明かりもない中で、
しかもあの壮年の仕業なら、この距離にしかも音もなく、
どんな投擲具を用いることでこんな所業が出来たのというのか。
ようよう見やれば、
スーツの胸元を内から押し上げる屈強な胸板に、
それへと見合う頼もしい肩や広い背中、強かな腰をした、
東洋人には珍しいほどの偉丈夫で。
そういったことを示す肢体のバランスを誤魔化したかったものか、
ひょいと持ち上げた手で頭を掻く所作…の末、
ぐいと引いた髪がごそりと剥がれると、
そこから倍以上の豊かな黒い髪があふれ出したから。

 「な……っ?!」

何が起きたか、理解が追いつかなかったらしく、
そんな狼狽の隙をついて、
向背に立っていた椰の木柄のかりゆしを着た男が、
ひょいっと投げたる細い小柄(こづか)が、
トスッと、イタリア製らしきスーツの背中へ刺さる。
刃物の痛さをあっと言う間に追い抜いて、速効性の麻酔が効いたようで。
どさりと倒れた刺客へは、二人もいれば十分と、
最初に割り振られたらしい顔触れが速やかに駆け寄って対処にかかり、

 「…まったくもう。」

小柄を投げつけた、甘い癖のある髪をした椰柄シャツの男が、
そんな不平を口にしながら歩み寄って来たのは、
これでこたびの務めの実行部分が完了したからだ。

 「言っておきますが、
  余裕たっぷりでおられたのは、勘兵衛様お一人ですからね。」

 「おや、そうだったか。」

これだけの頭数で侵入出来たのだ、
どんな突発事が起きようと、誰か庇い立てしてくれようと、

 「こちらも余裕でおったのだがの。」

ふふと微笑ったお館様なのへ、
周囲に居合わせ、撤収の準備にかかっていた中の、
若手の顔触れに限っては
さっと含羞み、誇らしげにそのお言葉を噛みしめたようだったが。

 “こういうところでも“人誑し”なんだからなぁ。”

恣意的にか、いやいや天然だろうなと、
今 此処にはいない双璧の片割れ、
征樹に是非とも相槌をしてほしい良親だったのは言うまでもない。
それなりの打ち合わせはしていたが、
急遽 構えられた証拠隠滅封じの仕儀だったため、
外交官に扮した勘兵衛一人が 立ち回るしかない設定しか設けられなくて。
相手も相手で、若いのが穴だらけの段取りを構えたらしかったので、
もしかして此処に伏兵がいるとか、此処に隠し球があるとかと、
余計な警戒させられたぜ、こんちくしょうと、苦笑したのも後日の話。

 “あんな土壇場まで相手を引きつけたその上で、
  やすやすと背中をお向けになって。”

どんなに体術に長けていても、どんなに反射が優れていても、
それが必ず発動するとは限らない。
若い練達でもそうだろに、ましてや勘兵衛は、
信奉している自分が言いたかないが
体力を技巧で補う年代に入りつつあるお年頃なのだ。
我らが惣領様である御身なことも考慮すれば、
万全を期してやり過ぎるということはなし、だというに。
いまだ子をなさず、次代をもうけぬことへの
彼なりの頑迷な抵抗のつもりででもあるものか、
まだまだ実戦から引く気配のない、頼もしい宗主様であり。

 「…いかがしたか?」

先の言いようのあと、反駁の言も並べぬ良親が、
されど…傍らから去らぬため。
公務員のそれにしては奇抜な髪形なのを、
一時的に隠すための帽子のようだったかつらが蒸れたか、
自前の髪をもさもさと、手櫛で梳いておいでの当主様。
まだ何か言いたいのかと、キョトンとしたまま水を向けて下さったので、

 「……こういう無茶を、一番案じるのは誰でしょうね。」

傍らで訊いている訳ではないながら、
それでも他に若いのがいる中で、ずばり言う訳にもいかないし、
何よりそれでは芸がないことと。
暈した言いようで、だがだが勘兵衛がチクリ来るだろ苦言を放つ。
そこまで勘の悪い彼でなし、
この自分が引き合いに出す相手だ、すぐにもピンと来るはずで。
襟足で軽く結っていた髪をほどきつつ、
さあどうだと ふんと鼻息荒くも見守っておれば、

 「だからこそ、そう簡単に命くれてやれぬのだがの。」
 「……っ。」

呆気に取られた生意気盛りが言葉を無くしてしまったのへ、
楽しそうに くくっと笑うと、
スーツのポケットから取り出した、淡い藤色の組み紐で、
自分の髪を大ざっぱに束ねの結んでしまった宗主様。
年齢不相応な無茶も無鉄砲も、単なる命知らずからじゃあないと、
一刻も早く戻らねばならぬ所があるから、再び遘えたい人がいるから、
だから、全力で、集中してあたれるのだと。

 “こういうのも惚気なんだろか?”

そのパワーから逃れるために作った洞穴のような、
石作りの冷たい宮殿から、
それは目映い陽に満ち満ちた南国の庭へ、
何の躊躇もないまま、その身さらして踏み出してゆかれる倭の鬼神。
痛いほどの灼光も何のその、
早よう帰国したいが故の超人的なあれこれなのなら、
もしかして一番の特効薬かも知れない、金髪白皙の佳人のこと。
奥方とは認められずとも、大事にした方がいいに違いないぞと、
年寄り衆へあらためて進言したくなった良親殿で。
故国ではありえぬレベルで 強烈な青がはちきれてる空を見上げ、
今更ながら、無敵な御主に感嘆させられた、
証しの一族 イン南国でのお務めの巻でございます。





     〜Fine〜  13.06.04.


  *虫歯予防デーにややこしいものを書いてすんません。
   つか、暑い時期に入っちゃうと
   集中出来なくなる恐れが大で、
   こういうのって書きにくいんじゃないかと思ったもんで。
   ウチの勘兵衛様は、暑いのには結構お強いですが、
   それにつけてもあの鬱陶しい風貌、
   国内の、しかも夏場の務めでは
   目立ってしょうがないと思います。(笑)

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